東京農工大学科学博物館支援学生団体 musset 『みゅぜっとにゅ〜す』

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いつか習う酸化・還元の理解の手助けに

 今回は、2019年8月サイエンスマルシェの3本柱のひとつ、「くるくる変わる! 赤・青・黄色の信号反応」についてご紹介します。

 

 信号反応とは、シャカシャカ振るだけで水溶液が黄→赤→緑と変色する化学マジックの愛称です。この変化は色素の酸化還元反応に伴って起こります。語呂重視で付けたタイトルの「赤・青・黄色」と、実際の実験の「黄→赤→緑」、どちらにしても順番は合っていませんが、色の種類はいかにも信号機というわけで信号反応です。

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図1 信号反応で「黄→赤→緑」と変わる様子。なんだか垢抜けない写真で、もっと映えるように撮っておけばよかった…と後悔しているものの、これでも見事な色変化。

 8月のサイエンスマルシェは、同日開催の「光る血の秘密を探れ! 化学発光の仕組み」や「プチッと人工イクラ ~架橋反応プチ実験~」と併せて、化学に親しみを持てるような回となっていました。


1. テーマ選定
 企画者の私は、化学工学を専攻しています。化学工学と化学はわりと毛色が違うのですが、化学系と言っていいでしょう。そして、サイエンスマルシェの対象は小学生。自分が企画を持つなら小学校、中学校、高等学校…と化学を勉強するうえで度々触れるような基本的な概念をテーマにしたいと考え、酸化・還元を選びました。

 食品の酸化や金属のさびなど、身近に例があふれているわりには、酸化・還元はなかなかに難しいトピックです。小学校では「燃焼」としてうっすら触れ、中学校では簡単に「酸素の授受」として習い、高校でやっと「電子の授受」として勉強します。大学でもRedox(ReductionとOxidationでレドックス)なんて言って出てきますが、化学系であるはずの自分もまだ奥深くまで理解できている自信はありません。もしかしたら、この記事を読んでくださっている方にも、ご自身あるいはお知り合いがこの分野で躓いたおぼえがあるかもしれません。

 そんな難解なテーマですが、そう遠くない未来、来場者がいつかまた化学に向き合ったときに「はっ…この概念、どこかで……」と思い出してくれれば嬉しいなと考えて企画を作りました。軽くでも一度理解した経験があれば心理的なハードルが下がりますからね。“いつかの手助けに”を本企画の目標として、どのように解説するかを考えていきました。


2. 内容吟味
 まず、“これだけは覚えて帰ってほしい”事項は何かを考えました。これは酸化・還元の本質とは何かを考える作業でした。教科書などでよく見る「電子の授受」という表現はきっと言い得て妙で、私がたどり着いた答えはこちらです。

酸化と還元は2つで1セット。ある物質が電子を受け取ったとき、必ず送り主がいる!

いかがでしょうか。本企画は、これを軸に組み立てられていきました。

 軸が決まれば、次は題材です。
 サイマルに足を運んでもらうからには科学の「体験」を提供したいわけで、説明事項を体感できるような実験は何かなと考えました。そこで抜擢されたのが信号反応です。手軽で酸化・還元を原理とする実験は色々とありますが、どれもノイズが多いといいますか、別途説明しなければいけない前提条件が多い気がしました。その点信号反応は登場人物が少なく、比較的ピュアに酸化・還元の軸を伝えられるような手段になってくれました。そして何といっても信号反応は綺麗で楽しいのです。見てるだけでも楽しいし、自分で振ったらもう本当に楽しい。何度も振っちゃう。

 科学を伝える手段としてはたらくうえに、見映えがよくて楽しい信号反応。本企画にとって優等生の題材だったと思います。


3. 気をつけたこと
 軸が決まり、題材も決まって、話の構成を作り込んでいったわけですが、気をつけた点が特に2点ありました。

① よくある解説図からは離れる
 信号反応は有名なコンテンツで、子ども向け科学教室や中学・高校の化学部などでよく演示されます。私自身も中高の文化祭でやっていた口です。そのため、少し調べるだけでどこかのどなたかによる原理説明がごろごろと出てくるのですが、そこでよくある解説図(図2参照)は本企画にはふさわしくないという問題がありました。

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図2 よくあるタイプの解説図の模式図。色素の構造と呈色の対応に重きが置かれており、色素の反応相手の存在感は薄い。

 本企画では「授受」であることを強調したいので、送り主と受取人を対等に見せられるような図で解説することにしました。

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図3 本企画のスライド。「この世には電子というものがありまして、今日はそれをくまのぬいぐるみで表します!よろしく!」というわけでこういうスライドになっています。

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図4 本企画のスライド。物質名を登場させても電子は変わらずくまちゃんです。「電子は目には見えないけれど、色が変わることから電子が動いたのがわかるよ!」という感じで信号反応の実験につなげました。

 世の中に信号反応の企画は沢山ありますが、本企画のオリジナリティはこの解説図にあらわれているかなと思います。
 そして気をつけたことがもうひとつ。信号反応、実は溶液が勝手に復活します。振ると「黄→赤→緑」と変わりますが、置いておくとすぐにグルコースによる還元で「緑→赤→黄」と戻ります。この帰りの反応を安易に紹介するとミスリードになってしまう可能性に気づいたのです。

② 帰りの反応を伏せてミスリードを防ぐ
 話の軸は「酸化と還元は2つで1セット!」です。具体的に言うと、行きはインジゴカルミンの酸化と酸素の還元が、帰りはインジゴカルミンの還元とグルコースの酸化が同時に起こっているということでした。
 そんななか下手に帰りの反応の印象を残すと、まるでインジゴカルミンの酸化(行き)とインジゴカルミンの還元(帰り)が1セットであるかのように思わせてしまうと懸念しました。
 そこで、帰りの反応の説明は発展編としておみやげ資料に託すことにしました。送り主と受取人がそれぞれ変わるだけなので、対面でおはなししたことの理解があればすんなり適用できるだろうと考えました。

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図5 配布したおみやげ資料。おうちでの振り返りに役立つことを期待して、言葉づかいはやや大人向けです。忘れた頃にも、そして、いらっしゃらなかった保護者の方にもこの1枚で要点が伝わるようにと意識して作成しました。

4. 企画を終えて
 当日、やはり信号反応の体験は大人気で、子どもたちだけでなく保護者の方々のお顔もぱあっと明るくなるのが見られて嬉しかったです。ただ、終盤の実験パートで一気に盛り上がったということは、それ以前の解説パートでの惹きつけが足りなかったということかもしれません。
 サイマルに来てくださるのは小学生で、なかでも低学年~中学年が多く、電子にはまったく馴染みがないであろう層でした。そのため「電子の話は難しすぎるんじゃないか」という心配は企画当初からありました。その点に対して私は、電子の説明は本題ではないので「こういうものがありまして」レベルで流して早々にくまちゃんに置き換えることで解決したつもりになっていました。
 しかし、それが仇となって「結局ずっと知らないものの話だな」と難しく思わせてしまった気がします。私もまだまだですね。今後に活かします。

 また、準備段階で理論の理解や試実験の失敗に悩んだ時、学科の博士後期課程の先輩にだいぶ助けていただきました。ドクターのさすがの考察力を目の当たりにしました。わたしもこれからまた勉強して、高めた専門性をmussetのSC(サイエンスコミュニケーション)活動に還元したいなと思います。あ、いえ、この還元は酸化と1セットではありませんが……。

というわけで、以上、2019年8月の信号反応企画のバックグラウンドストーリーでした。随分長くなってしまいましたが、最後までお読みくださり誠にありがとうございます!
まだまだ連載は続きますので、お楽しみに!